コインの裏面

10円硬貨の鳳凰堂、かなりの時点まで裏面と思っていた。単に地味だったからだろう。で、人生65歳からは10円の裏面と自然に思い込んでいる。第二の人生というよりは人生の裏面に突入であると。そして一月ほど前に激震が走った。毎朝ガレージ横の裏口からいったん外に出て玄関の門を鍵であけ、庭を軽く掃除する。ゴミ袋とほうきと塵取りを持って。さらに中庭との間にも鍵がある。その刹那ポケットにあるはずのキーホルダーがないのだ。マジか。どこかに置き忘れる、着替えしたズボンにということはあったが、今回ばかりはそうではないようだ。ついにこの時がきたかと凍った。今朝からの動線を追ってみたが、簡単にはみつからない。いつかはこの時がとは思っていたが、今なのか。ちょっと早いのでは、冗談じゃない。落ち着け、落ち着けと脳細胞に圧力を加えた。門のガキをあけたのだから、ちょっと前迄鍵はあったはず。そしてひょっとしたらと念の為に見てみたごみ袋にあった。ポケットにしまいそこねてゴミ袋に入ったのだ。やれやれだけどこわくなった。これからこんなこと何回あるか、そのたびに冷静にならねばならない。過去は録画、今はライブ。緊張感がちがう。硬貨の面が変わったのだと日常の行動も変えなければ。消化試合にしてはいけない。録画期間の方が長いが、感覚としては今これからの方が長いように思う。濃く生きるんだからね。

(転勤と引越しの間でしばらく居候していた長男が上出来だと撮ってくれたパエリア。

 そして、六年ぶりに花の目がでてきた胡蝶蘭。ことしは良いことありそうだ。

古稀の年だから。)