若作りはいらぬ、老けるまじ

年子の姉と、若作りはしなくても老けこまないようにしたいね、って去年母の墓参りのときに話した。自分ももう今年が古稀。あっという間の70年だ。先代のゴールデンのハルの死、二年後に妻の死、さらに二年後に母が、そして一年後の一昨年が義父、去年ラブラドールのチョコ、そして、今年、まだ一年もたっていないのにゴールデンのマックスが間もなくだ。一週間前は元気に散歩して、公園から帰りたくないとだだをこねたのに。それが嘘のように弱ってきた。人間なら90歳だからと獣医さんは言うが、幼児言葉で話しかけているマックスが老衰とは。身近な人や家族同然の犬との別れは避けられないが、この数年の立て続けも偶然の神様のなせる業かと。もともと体力がなかったので、50歳以降はじめた水泳や能楽の再開で自覚症状はきっと人よりもないのだろうと思う。ただ、いやそれだけに写真や鏡をみてがっかりすることが多くなった。年を取ることにさからっても仕方がないが、せめて老けこまないようにしたいものだと。そう、終活のThe end までだ。そしてできることなら息子たちに介護をさせたくない。90を超えて身の回りを自分でこなしていた義祖父のように最後を迎えたい。今のところできるような予感がしている。

(我が愛車のママチャリ。5年前までメルセデスのSクラスが居たガレージ。

 これが究極の贅沢とは何と自己満足なりや。)