マッカサーとせぇむさん

5年前の退職した会社の創業100周年記念パーティーが終了予定時間を超え始めた。昨日早朝に亡くなった叔母のお通夜が7時に始まる。地下鉄、JRと乗り継いで品川からのぞみで新大阪、さらにJR二本で堺市駅に到着。目と鼻の先に式場が見えたので、間に合った。父の弟であるご主人が働き盛りで亡くなったあと、叔母は残された学生寮アパートを切り盛りし、94歳まで頑張った。町工場で父はマッカサー、叔父はせぇむさんと呼ばれていたと記憶する。従弟とは年も近かったのでチャンバラとかよくやっていた。3年前の母の葬儀には会っているが、久々感がつのって会話が弾んだ。叔父は父の会社を辞めたあと自宅横の会社の倉庫だった土地に学生寮を立てた。家業が別々になり、子供の成長とともに以前のような一体感は無くなったが最も近い親戚なのは変わっていない。翌日の葬儀、火葬と最後まで参列し4時半に終了。帰路はマイルで飛びました。非日常の二日間。あっという間で、そこそこの疲れはあったが、心は満たされていた。コロナ禍で儀式は縮小気味だが、孔子のたまわく、儀式はそれなりに意味、意義あるのだ、を実感した。

(実家にシュロ竹の鉢植えがあって、正月だけ玄関脇に置いてあった。

 100均を見ていたらシュロ竹のミニ版があったので、懐かしくなった。

 小さいのもなかなかいい。そのうち本物を買おうと思っている。)